[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2019.12.7.〜2019.12.22.)

★10月から12月までの主日ミサ時間は以下のとおりです。前晩(土曜日の夜)の主日ミサは毎週、小郡教会19時30分からです。

鳥栖教会:8時30分〜 小郡教会:11時〜

★主日のミサは生活の力になります。月に一度でも参加できるようにスケジュールを調整してください。み言葉とご聖体の食卓に神が呼んでくださってます。

★平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。ミサが無い場合も時としてあります。毎週のお知らせを参照してください。

★12月9日(月)は無原罪の聖マリアの祭日ですので聖クララ会の修道院聖堂で6時30分からミサをします。

★今週は8日(月)も朝6時30分からクララ会修道院聖堂でミサがあります。
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[クララ]オミリア:一歩を踏み出せば天の国[2019.12.5.]

待降節第1木曜日

平日のクララ修道院のミサ(6:30)のオミリア(短い説教)を聞くことができます。時間がある時は、まず当日の朗読箇所をお読みになることをお勧めします。オミリアは朗読箇所の下の黒いバーの左側にある▷をクリックしてください。

第一朗読(イザヤ26・1-6)/福音(マタイ7・21、24-27)

福音 [そのとき、イエスは弟子たちに言われた。]「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心(みこころ)を行う者だけが入るのである。そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に家を建てた賢(かしこ)い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲(おそ)っても、倒れなかった。岩を土台にしていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚(おろ)かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」

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[鳥栖]オミリア:恵みを配る  [2019.12.4.]

待降節第1水曜日

鳥栖教会聖堂でのミサ(10:30)のオミリア(短い説教)を聞くことができます。鳥栖教会では平日のミサは毎月第一水曜日10時30分から行われています。時間がある時は、まず当日の朗読箇所をお読みになることをお勧めします。オミリアは朗読箇所の下の黒いバーの左側にある▷をクリックしてください。

第一朗読(イザヤ25・6-10a)/福音(マタイ15・29-37)

福音 [そのとき、イエスは]ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利(き)けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治(なお)り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほどの大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでしょうか。」イエスが「パンが幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂(さ)き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑(くず)を集めると、七つの籠(かご)いっぱいになった。

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[クララ]オミリア:恵みを配る  [2019.12.4.]

待降節第1水曜日

平日のクララ修道院のミサ(6:30)のオミリア(短い説教)を聞くことができます。時間がある時は、まず当日の朗読箇所をお読みになることをお勧めします。オミリアは朗読箇所の下の黒いバーの左側にある▷をクリックしてください。

第一朗読(イザヤ25・6-10a)/福音(マタイ15・29-37)

福音 [そのとき、イエスは]ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利(き)けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治(なお)り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほどの大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでしょうか。」イエスが「パンが幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂(さ)き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑(くず)を集めると、七つの籠(かご)いっぱいになった。

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[クララ]オミリア:「福音を伝える」[2019.12.3.]

[祝]日本宣教の保護者聖フランシスコ・ザビエル司祭

第一朗読:使徒パウロのコリントの教会への手紙(1コリント9・16-19、22-23)/福音:マルコによる福音(マルコ16・15-20)

第一朗読 [皆さん、]わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、ゆだねられている務めなのです。では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷(どれい)になりました。できるだけ多くの人を得るためです。弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。

福音朗読 [そのとき、イエスは十一人の弟子に現われて、]言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴(ともな)う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇(へび)をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」主イエスは弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それを伴うしるしによってはっきりとお示しになった。

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[小郡]待降節第1主日[2019.12.1.]

この日は「宣教地召命促進の日」。説教は助祭がしました。わたしは教皇フランシスコのタイ・日本の司牧訪問にメディアとして同行させていただき、この日はミサのお知らせの時に少し話をさせていただきました。

2019.11.26.羽田空港からローマへの帰途の機中での記者会見の様子 イタリアテレビ「TV2000」より
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[鳥栖]待降節第1主日[2019.12.1.]

この日は「宣教地召命促進の日」。説教は助祭がしました。わたしは教皇フランシスコのタイ・日本の司牧訪問にメディアとして同行させていただき、この日はミサのお知らせの時に少し話をさせていただきました。

2019.11.26.羽田空港からローマへの帰途の機中で行われた記者会見の様子 イタリアテレビ「TV2000」より
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[小郡]待降節第1主日前晩[2019.11.30.]

この日は「宣教地召命促進の日」。説教は助祭がしました。わたしは教皇フランシスコのタイ・日本の司牧訪問にメディアとして同行させていただき、この日はミサのお知らせの時に少し話をさせていただきました。

2019.11.26.羽田空港からローマへの帰途の機中で行われた記者会見の様子 イタリアテレビ「TV2000」より
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[クララ]オミリア:使徒として呼ばれる[2019.11.30.]

聖アンデレ使徒

第一朗読:ローマの教会への手紙10章9-18/福音:マタイによる福音4章18-22

使徒パウロのローマの教会への手紙 [皆さん、]口でイエスは主であると公(おおやけ)に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われ[ます。]実に、人は心で信じて義とされ、口で公(おおやけ)に言い表して救われるのです。聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。ところで、信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう。また、宣(の)べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。遣(つか)わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」と書いてあるとおりです。しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っています。実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。それでは、尋(たず)ねよう。彼らは聞いたことがなかったのだろうか。もちろん聞いたのです。「その声は全地に響(ひび)き渡り、その言葉は世界の果てにまで及ぶ」のです。

マタイによる福音 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのをご覧になった。かれらは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。

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