【クララ】年間第14金曜日【2020.7.10.】

主、嘆き給たもう教会 エルサレム

第一朗読:ホセア14・2-10/福音朗読:マタイ10・16-23

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 [そのとき、イエスは使徒たちに言われた。]「わたしはあなたがたを遣(つか)わす。それは、狼(おおかみ)の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇(へび)のように賢く、鳩(はと)のように素直になりなさい。人々を警戒(けいかい)しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打(むちう)たれるからである。また、わたしのために総督(そうとく)や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことを教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である。兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。はっきり言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《弱者(じゃくしゃ)にそなわる感性のするどさと率直(そっちょく)な対応で、身を守れ》「わたしはあなたたちを、狼とは対照的な羊として、派遣するのだ。だから、蛇のように感性するどく、鳩のように率直に行動しなさい」。

《弾圧は福音を世に証しするよい機会》「人々に心を向けていなさい。人々があなたたちを地方法院に引きわたし、会堂であなたたちをむち打つのである。また、あなたたちは、わたしのために総督(そうとく)や王の前に引き出されるが、その人たちをはじめ、世の民に証しをすることになるのだ。人々があなたたちを引きわたすとき、あなたたちは、何を、どう、言おうかと心配するな。言うべきことは、その時に示される。じつに、話すのはあなたたちではなく、あなたたちの内で語られる、あなたたちの父の霊なのだ」。

《さいごまでめげずに、小さくされた仲間の側に立ちつづけよ》「兄弟が兄弟を、父が子を死に売りわたし、子が親に反抗して親を死に追いやるような時が来る。あなたたちは、わたしと一体のものだということで、みんなから憎まれるだろう。しかし、さいごまでめげずに立ちつづける者は、救われる」。

《引くときは引いて、ねばりづよく》「一つの町で迫害されたなら、ほかの町に逃げなさい。はっきり言っておく。人の子が来るまでは、あなたたちがイスラエルの町々を完全なものにすることはできないのだ」。

【オミリア】13分09秒

*今朝のミサのオミリアの内容の一部訂正します。オミリアの最後に人間だけが「感性」をもっていると言いましたが、動物も植物も感性(Sensus=センス)をもっています。人間のそれとは違いますが。

*ミサの間中、小鳥たちが鳴いていました。今は窓を全開して空気の通りをよくしているのでよく聞こえます。雨の合間、小鳥たちも祭壇に近づいて共に神を賛美することができました。

*環境の保護者、アシジの聖フランシスコとクララの取り次ぎを祈りました。わたしたちが自然を大切にすることができますように。

2020年6月30日にサンパウロから発行 アベイヤ司教が「日本語出版に寄せて」を寄稿
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教皇「人生で出会う人々に、主の御顔を見出す」

バチカン放送日本語課[2020.7.8.]より

教皇フランシスコは、イタリア南部ランペドゥーサ島への訪問から7年を記念し、バチカンでミサを捧げられた。

教皇フランシスコが、登位後初のバチカン外への司牧訪問として、2013年7月8日、イタリア南部・ランペドゥーサ島を訪問してから、7年を迎えた。

このランペドゥーサ島訪問で、教皇は、地中海を漂流し救助された難民・移民たちとお会いになった。教皇は移民・難民の代表、これらの人々の救助・支援にあたる関係者、地元市民らと野外でミサを捧げられた。また、遭難し命を失った多くの移民たちのために祈り、海に花輪を捧げられた。

同訪問から7年目を記念した、この7月8日、教皇はバチカンのサンタ・マルタ館の礼拝堂でミサを司式された。

ミサの説教で、「常に主の御顔を求めよ」という答唱詩編の言葉を観想された教皇は、主の御顔を尋ね求める態度は、神を信じる人の生活の根本であり、この世を歩み、約束の地、天の祖国に向かう、わたしたちの旅路の良い結末を保証するもの、と話された。

そして、神の御顔は、わたしたちの最終目的であると同時に、わたしたちを道に迷わせることのない「極星」でもある、と語られた。

教皇は、第一朗読の「ホセア書」(10・1-3、7-8、12)に、約束の地へのビジョンを見失い、発展と豊かさによって主から遠ざかり、心を偽りと不正義で満たされた、当時のイスラエルの民の状態を指摘。この姿を、今日のキリスト者たちに投影された。

快適さを求める文化は、自分のことだけを考えるように仕向け、他者の叫びには無感覚にさせ、無関心のグローバル化をもたらす、と警告された。

ホセアの呼びかけは、わたしたちの眼差しを主に向け、その御顔に気づくようにとの、回心の招きであり、神の御顔の追求は、主と、その限りない愛、救いの力との、出会いの熱望から生まれる、と話された。

この日の福音(参照:マタイ10,1-7)が語る12使徒は、神の御子イエス・キリストとの実際の出会いという恵みを得た人々であり、イエスは使徒ら一人ひとりの名前を呼び、目を見つめられ、一方で、使徒たちはイエスの御顔を見つめ、その声に耳を傾け、その奇跡を目の当たりにした、と教皇は語った。

主との個人的出会いは、恵みと救いの時であると同時に使命をもたらすもの、と述べた教皇は、「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」(同10,7)というイエスの言葉を示された。

イエス・キリストとの個人的な出会いは、第三年期の弟子であるわたしたちにも可能、という教皇は、わたしたちは、人生で出会う貧しい人、病者、見捨てられた人、外国人たちの中に、主の御顔を見出すことができる、と述べられた。

教皇は、7年前のランペドゥーサ島訪問を思い起こしつつ、「他者との出会いは、キリストとの出会いでもある」と強調。

キリストご自身が言われたように、わたしたちの扉をたたき、出会いと助けを求める、飢えた人、のどの渇いた人、旅の人、裸の人、病気の人、牢にいる人たちは、イエスご自身なのである、と説かれた。

そして、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25,40)というイエスの言葉を、自分の毎日の行いについて良心を問いただすための基準とするよう招かれた。

教皇は、リビアの収容所と、そこで搾取や暴力の犠牲となった移民たち、彼らの希望を求める旅、これらの人々に対する救助や拒否などに思いをめぐらせた。

ランペドゥーサ島で移民たちの苦しみの体験を聞く中で、ある男性の話に対し、通訳された言葉は短いものであった、と教皇は回想。後、知り合いのエチオピア人女性から、あの時の通訳の言葉は、あの移民が体験した拷問や苦しみの四分の一も語っていない、と言われ、自分が「蒸留された」話を聞いていたことがわかった、と述べられた。

これと同じことが今日リビアで起きているが、わたしたちに伝わるのは、蒸留された話だけであり、戦争が悲惨であることは知ってはいても、あの収容所で人々が体験している地獄は想像もできないもの、と教皇は話された。

最後に、教皇は、多くの不正義から逃げざるを得なかったすべての兄弟姉妹の中に、わたしたちが御子の御顔を見出せるようにと、「移民たちの助け、おとめマリア」に祈られた。大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために08 7月 2020, 16:24

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【クララ】年間第14木曜日【2020.7.9.】

モロッコ

第一朗読:ホセア11・1-4、8c-9/福音朗読:マタイ10・7-15

【第一朗読】 [主は言われる。]まだ幼かったイスラエルをわたしは愛した。エジプトから彼を呼び出し、わが子とした。わたしが彼らを呼び出し、わが子とした。わたしが彼らを呼び出したのに 彼らはわたしから去って行き バアルに犠牲(犠牲)をささげ 偶像(ぐうぞう)に香をたいた。エフライムの腕を支えて 歩くことを教えたのは、わたしだ。しかし、わたしが彼らをいやしたことを 彼らは知らなかった。わたしは人間の綱(つな)、愛のきずなで彼らを導き 彼らの顎(あご)から軛(くびき)を取り去り 身をかがめて食べさせた。イスラエルよ お前を引き渡すことができようか。アドマのようにお前を見捨て ツェボイムのようにすることができようか。わたしは激しく心を動かされ 憐れみに胸を焼かれる。わたしは、もはや怒りに燃えることなく エフライムを再び滅(ほろ)ぼすことはしない。わたしは神であり、人間ではない。お前たちのうちにあって聖なる者。怒(いか)りをもって臨(のぞ)みはしない。

【第一朗読】 詩篇80  《神よ、わたしに目を注ぎ、強めてください、手をさしのべて》  イスラエルを牧するかたよ、耳を傾けてください。ヨセフを羊の群れのように導くかた、光を放ってください。ケルビムの上に座しておられるかた。/すべてを治める神よ、あなたの目を注いで、またこのぶどうの木を顧みてください。あなたがご自分で植えられた苗と、強められた若枝を守ってください。

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 [そのとき、イエスは使徒たちに言われた。]「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患(わずら)っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物(はきもの)も杖(つえ)も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶(あいさつ)しなさい。家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃(ほこり)を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」

【オミリア】6分31秒

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カトリック入門講座をネット配信【2020.7.6.】

カトリック入門講座のネット配信を始めました。おもに洗礼の準備として行われている講座です。鳥栖教会と小郡教会にいくつかのグループがありますが、基本的に毎週水曜日に行われている準備講座を収録し、編集したものをネット配信します。2回目は8日(水)に行われる予定でしたが、折からの豪雨災害のため次週に延期となりました。

鳥栖カトリック教会のホームページ(←をクリック)で受講することができます。感想などをお聞かせくださればうれしいです。質問を受け付けます。すぐには返答できないと思いますが、講座に交えてお答えしていきたいと思っています。

*経費は信者の方の匿名寄付で賄われます。

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7月8日、教皇によるミサ、ランペドゥーサ島訪問7年記念し

バチカン放送日本語課[2020.7.6.]より

7月8日(水)午前11時(日本時間同日午後6時)、教皇フランシスコは、ランペドゥーサ島への訪問から7年を記念し、バチカンでミサを捧げられる。

教皇フランシスコのイタリア南部・ランペドゥーサ島への訪問から間もなく7年目を迎える。

2013年7月8日、教皇フランシスコは、登位後の初めてのバチカン外への司牧訪問として、イタリア・シチリア州のランペドゥーサ島を訪れた。

この司牧訪問で、教皇は難民・移民、またこれらの人々の救助や支援にあたる行政・教会関係者との出会いを持たれると共に、地中海で命を失った多くの移民たちのために祈られた。

同訪問から7年目を記念し、イタリア時間7月8日(水)午前11時(日本時間同日午後6時)より、教皇によるミサがバチカンのサンタ・マルタ館の礼拝堂で捧げられる。

このミサの模様は、バチカン・ニュースを通じてビデオ中継される。

ちなみに、7月中は、夏期休暇のため、水曜日の教皇一般謁見は行われない。大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために06 7月 2020, 14:49

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教皇、国連安保理の停戦呼びかけの実行を

バチカン放送日本語課[2020.7.5.]より

教皇フランシスコは、国連安全保障理事会の世界的な即時停戦の呼びかけが、具体的に実行されることを望まれた。

教皇フランシスコは、国連の安全保障理事会の世界的な停戦の呼びかけが、ただちに実行され、未来の平和への第一歩となることを願われた。

教皇は、7月5日(日)正午の祈りで、今週、国連の安全保障理事会が、新型コロナウイルスの深刻な影響に対応するため、特に紛争地を対象に、いくつかの決議案を採択したことに言及。

世界のあらゆる紛争地に即時停戦を呼びかけたことは賞賛すべきこと、と述べ、これによって、必要な人道支援を緊急に供給するために不可欠な平和と安全がもたらされることに期待を示された。

教皇は、このような呼びかけが、苦しむ多くの人たちのために、ただちに具体的に実行に移されることを望むと共に、安保理の今回の決議が平和な未来の第一歩となるよう祈られた。大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために05 7月 2020, 17:06

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