月別アーカイブ: 2018年5月

堅信の秘跡:洗礼の恵みを完成させる聖霊の賜物、教皇一般謁見

2018年5月30日バチカン放送日本語課の記事より。

堅信の秘跡:洗礼の恵みを完成させる聖霊の賜物、教皇一般謁見

教皇フランシスコは、バチカンで5月30日、水曜恒例の一般謁見を行われた。

謁見中、「堅信の秘跡」をめぐるカテケーシスを続けられた教皇は、堅信とキリスト教入神の秘跡全体との緊密なつながりに光を当てながら、次のように解説された。

**********

洗礼の恵みを強め、確かなものとする霊的な塗油を受ける前に、堅信に臨む者は、幼児洗礼の際に両親や代父母が行った約束を、今度は自らが新たにするよう招かれる。

そこで堅信を受ける人は、特に聖霊を信じることをはじめ、司教からの問いに「信じます」と答え、教会の信仰を宣言する。

聖霊の訪れには祈りの心を必要とする。共同体の静かな祈りの後、司教は受堅者に按手して、彼らに「パラクレートス(助け手)」である聖霊を吹き込んでくださるよう神に祈る。

聖霊は唯一つであるが、わたしたちのもとを訪れる時、預言者イザヤが言うように(11,2)、知恵と識別、思慮と勇気、主を知り、畏れ、敬うという、豊かな賜物をもたらしてくださる。

また、聖パウロは霊の結ぶ豊かな実は「愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」であると述べている(ガラテヤ5,22)。

唯一の聖霊は様々な賜物を分け与え、唯一の教会を豊かなものとしてくださる。聖霊は多様性の作者であると同時に、一致の創造主である。

使徒たちから伝承されたように、洗礼の恵みを完成する聖霊は、按手を通して伝えられる(使徒言行録8,15-17; 19,5-6; ヘブライ6,2)。

聖霊の賜物が与えられることをいっそうよく表すために、按手というこの聖書的な行為に、「クリスマ」と呼ばれる香油の塗布が加えられた。この塗油の儀式は今日まで、東方教会にも西方教会にも伝えられている(参照:「カトリック教会のカテキズム」1289)。

油は、治癒や美容の成分を持ち、傷を癒し、手足を香りづける。この性質のため、油は聖書や典礼のシンボルとして、受洗者を聖化し、浸透しながら、様々なカリスマによって美しくするものとされる。

堅信の秘跡は、司教が受堅者に按手して、「父のたまものである聖霊のしるしを受けなさい」と言いながら、聖香油を額に塗布することで授けられる。聖霊は施された目に見えない賜物であり、聖香油はその目に見える証印である。

額に十字架のしるしと共に聖香油を受けることで、受堅者は消えない霊的なしるしを受ける。そのしるしの性格は、その人をキリストにより完全に似たものとし、人々の間に「よい香り」(参照:2コリント2,15)を漂わせる恵みを与える。

聖アンブロジオはこのように信者たちを招いている。「霊的な証印を押されたことを思い出しなさい。…受けた賜物を守りなさい。神である父はあなたに証印を押し、主キリストはあなたを堅固にし、保証としてあなたの心に霊を与えてくださいました」。

聖霊を身にあまる贈り物として感謝をもって受け、その無限の創造性に場を譲らなければならない。「今日の世界にイエス・キリストを反映するために」(回勅「ガウデーテ・エト・エグズルターテ」23)この賜物を大切に守り、その燃える愛によって、蝋のように、形成されなければならない。

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[クララ]支配欲からの解放[2018.5.31.オミリア]

《年間第8木曜日:聖母の訪問》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[8分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[皆さん、]愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。(ローマ第12章)

【福音】そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」そこで、マリアは言った。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕(しもべ)イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。(ルカ福音書1章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[クララ]神の言葉、福音によって生きる[2018.5.30.オミリア]

《年間第8水曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】[愛する皆さん、]知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖(あがな)われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現われてくださいました。あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。あなたがたは、真理を受け入れて、魂を清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、清い心で深く愛し合いなさい。あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。こう言われているからです。「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。(1使徒ペトロの手紙第1章)

【福音】[イエスと弟子たち]がエルサレムへ上って行く途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。イエスは再び十二人を呼び寄せて、自分の身に起ころうとしていることを話し始められた。…ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた。そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕(しもべ)になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」(マルコ福音書10章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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教皇、世界カトリック医師会の代表らと

2018年5月28日バチカン放送日本語課の記事より。

教皇、世界カトリック医師会の代表らと

教皇フランシスコは、世界カトリック医師会の代表らとお会いになった。

5月28日、教皇は世界カトリック医師会の使節をバチカンに迎えられた。各国のカトリック医師会の国際連合である同組織は、5月30日から6月2日まで、クロアチアの首都ザグレブで、第25回会議を開催する。

教皇は関係者への挨拶で、医師と患者の関係から、世界における宣教的活動に至るまで、医療現場における福音に基づいた原則の実践を目的に、霊的・倫理的・生命倫理的な生涯養成に取り組む、カトリック医師らを励まされた。

教会は命のためにあり、いかなる命も脅かされることがないよう心を配っていると述べた教皇は、カトリックの医師であるとは、信仰と、教会との交わりによってキリスト者として成長し、医療従事者としての自覚を高め、自らの仕事に励み、命によりよく奉仕するために自然のおきてを深く知ることにあると話された。

カトリック医師たちは、人間としての患者と、譲ることのできないその尊厳と権利、特に命の権利の中心性を確認するよう招かれていると教皇は強調。

倫理的原則を尊重せず、病者を修理すべき機械のように軽んじ、効率と利益の概念に適応しない弱者を切り捨てる傾向に、対抗しなければならないと話された。

教皇は、医師たちの役割が、単に患者の意志、あるいは自分が働いている医療システムの要求を遂行するだけのものであってはならないと述べ、良心の自由をすべての医療従事者らに呼び掛ける必要を説かれた。

命に対する愛を分かち合うすべての人・機関と協力のもと、喜びと寛大をもって前進し、命の尊厳と神聖さに奉仕して欲しいと、教皇は関係者らに願われた。

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三位一体:「愛である神への驚きを新たに」教皇、日曜正午の集いで

2018年5月28日バチカン放送日本語課の記事より。

三位一体:「愛である神への驚きを新たに」教皇、日曜正午の集いで

教皇フランシスコは、バチカンで5月27日(日)、正午の祈りを巡礼者と共に唱えられた。

集いの中で教皇は、典礼暦でこの日祝った「三位一体」をテーマに説教を行われた。

教皇は、この祭日に「父」と「子」と「聖霊」の至聖なる三位一体の神秘を観想しながら、わたしたちにご自分の命を無償で与え、それを世に広めるようにと招く「愛である神」への驚きを新たにするよう招かれた。

また同時に、愛をもって、愛のために、絶えず創造し、贖い、聖化し続ける神、ご自分を受け入れるすべての被造物にご自身の美と善と真理の輝きを反映させる神の神秘に思いをはせるよう説かれた。

「神は常に人類と共に歩まれる」と述べた教皇は、「神は一つの民を形成され、誰も除外されることはない」と強調された。

教皇は巡礼者への挨拶で、昨日26日、イタリアのピアチェンツァで、殉教者レオネッラ・スゴルバーティ修道女(1940-2006)の列福式が執り行われたことを報告された。

シスター・レオネッラは、慰めの聖母宣教修道女会の会員として、ケニア、そして、ソマリアで宣教した。2006年、ソマリアの首都モガディシュで、信仰を理由とした憎悪のために殺害された。

福音と貧しい人々の奉仕のために捧げられたシスター・レオネッラの生涯を、「アフリカと全世界のための一握りの希望」として思い起こされた教皇は、アフリカの平和のために祈りを呼びかけられた。

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[クララ]聖人になる[2018.5.29.オミリア]

《年間第8火曜日》聖クララ修道会聖堂で6時30分から行われたミサのオミリア[5分]を聴くことができます。

当日の聖書朗読箇所をぜひお読みになってください。あなたへのメッセージに気づかれると思います。少しずつ慣れて来られると「み言葉」があなたの中で生きていることを感じられるでしょう

[クララ]ここをクリックして聴くことができます。

【第一朗読】…。だから、いつでも心を引き締め、身を慎んで、イエス・キリストが現われるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。無知であったころの欲望に引きずられることなく、従順な子となり、召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」と書いてあるからです。(1使徒ペトロの手紙第1章)

【福音】[そのとき、]ペトロがイエスに、「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言いだした。イエスは言われた。「はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」(マルコ福音書10章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「三位一体の主日」ミサ説教(2018.5.27.)

《三位一体の主日》小郡教会聖堂で11時から行われたミサの説教[9分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。(ローマの教会への手紙8章)

【福音】[そのとき、]十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[鳥栖]「三位一体の主日」ミサ説教(2018.5.27.)

《三位一体の主日》鳥栖教会聖堂で8時30分から行われたミサの説教[10分]を聴くことができます。

[鳥栖]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。(ローマの教会への手紙8章)

【福音】[そのとき、]十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡]「三位一体の主日」前晩ミサ説教(2018.5.26.)

《三位一体の主日》小郡教会聖堂で19時30分から行われたミサの説教[8分]を聴くことができます。

[小郡]ここをクリックして聴くことができます。

【第二朗読】[皆さん、]神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。(ローマの教会への手紙8章)

【福音】[そのとき、]十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28章)

***ミサで読まれる聖書の言葉は「イエスのカリタス修道女会」のホームページを参照してください。主日のミサに参加される方はぜひ「聖書と典礼」を持ち帰り、もう一度読み返すと、自分に響く言葉に触れることができるでしょう。聖書をお持ちであれば、ご自分の聖書を開いて読むことをお勧めします。さらにできれば、新共同訳だけでなく、他の訳(本田哲郎訳、山浦玄嗣訳など)を参照すると内容がより深まると思います***

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[小郡][鳥栖]ミサ時間と場所(2018.5.26.〜2018.6.10.)

★★★鳥栖カトリック幼稚園外構工事のため6月一杯は佐賀銀行の職員駐車場をご利用ください。幼稚園駐車場はまだ完成していませんが、日曜日7時〜14時までは使えます。*警備員に一言お願いします。

★4月〜6月は小郡教会11時〜、鳥栖教会8時30分からになります。前晩(土曜日)のミサは毎週小郡教会で19時30分〜です。

主日のミサは生活の力になります。月に一度でも参加できるようにスケジュールを調整してください。み言葉とご聖体の食卓に神が呼んでくださってます。

平日のミサは通常、火曜日から金曜日まで聖クララ修道院で6時30分からしています。ゆっくり静かに捧げられるミサです。自由に参加できます。ミサが無い場合も時としてあります。

第二、第四土曜日は朝7時から基山教会で平日のミサが行われています。清々しい空気と早朝の光りの中でのミサは心が洗われるようです。一度参加してみてください。

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