オミリア:四旬節第4木曜日[2020.3.26.]7分11秒

[クララ会]2019年のオミリア 昨年の四旬節第4木曜日(4月4日)の聖クララ会修道院でのオミリアを紹介します。

第一朗読:出エジプト32・7-14/福音:ヨハネ5・31-47

【第一朗読】[その日、]主は、モーセに仰せになった。「直ちに下山せよ。あなたがエジプトの国から導き上った民は堕落(だらく)し、早くもわたしが命じた道からそれて、若い雄牛の鋳像(ちゅうぞう)を造り、それにひれ伏し、いけにえをささげて、『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った神々だ』と叫んでいる。」主は更(さら)に、モーセに言われた。「わたしはこの民を見てきたが、実にかたくなな民である。今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒(いか)りは彼らに対して燃え上がっている。わたしは彼らを滅(ほろ)ぼし尽(つ)くし、あなたを大いなる民とする。」モーセは主なる神をなだめて言った。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力(みちから)と強い御手(みて)をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか。どうしてエジプト人に、『あの神は、悪意をもって彼らを山で殺し、地上から滅ぼし尽くすために導き出された』と言わせてよいでしょうか。どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください。どうか、あなたの僕(しもべ)であるアブラハム、イサク、イスラエルを思い起こしてください。あなたは彼らに自ら誓(ちか)って、『わたしはあなたたちの子孫を天の星のようい増やし、わたしが与えると約束したこの土地をことごとくあなたたちの子孫に授(さず)け、永久にそれを継がせる』と言われたではありませんか。」主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された。

【福音朗読】[そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。]「もし、わたしが自分自身について証しをするなら、その証しは真実ではない。わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている。あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。わたしは、人間による証しは受けない。しかし、あなたたちが救われるためにお、これらのことを言っておく。ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで喜び楽しもうとした。しかし、わたしにはヨハネの証しにまさる証しがある。父がわたしに成し遂(と)げるようにお与えになった業(わざ)、つまり、わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣(つか)わしになったことを証ししている。また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。また、あなたたちは、自分の内に父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになった者を、あなたたちは信じないからである。あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得(え)るためにわたしのところへ来ようとしない。わたしは、人からの誉(ほま)れは受けない。しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。わたしは父の名によって来たのに、あなたたちはわたしを受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、あなたたちは受け入れる。互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。わたしが父にあなたたちを訴(うった)えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしを信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。しかし、モーセの書いたことを信じないのであれば、どうしてわたしが語ることを信じることができようか。」

Facebook にシェア
[`evernote` not found]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA