【鳥栖】「世界宣教の日」年間第29主日 説教 2020.10.18.

ロンダニー二のピエタ ミケランジェロ (ミラノ)

第一朗読:イザヤ45・1、4-6/第二朗読:1テサロニケ1・1-5b/福音朗読:マタイ22・15-21

【第一朗読】 主が油注がれた人キュロスについて 主はこう言われる。わたしは彼の右の手を固く取り 国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。扉は彼の前に開かれ どの城門も閉ざされることはない。わたしの僕(しもべ)ヤコブのために わたしの選んだイスラエルのために わたしはあなたの名を呼び、称号を与えたが あなたは知らなかった。わたしが主、ほかにはいない。わたしをおいて神はない。わたしはあなたに力を与えたが あなたは知らなかった。日の昇るところから日の沈むところまで 人々は知るようになる わたしのほかは、むなしいものだ、と。わたしが主、ほかにはいない。

【第二朗読】 パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように。わたしたちは、祈りの度(たび)に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦(ろうく)し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前(みまえ)で心に留(と)めているのです。神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。

【福音朗読】 本日から助祭が福音朗読をします。録音はありません。

【福音】 [そのとき、]ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠(わな)にかけようかと相談した。そして、その弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに遣(つか)わして尋ねさせた。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔(へだ)てなさらないからです。ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適(かな)っているでしょうか、適っていないでしょうか。」イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像(しょうぞう)と銘(めい)か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。 《神のものは神に返せ——貧しい人たちの生活を奪うな》 このとき、ファリサイ派の人たちはそこを立ち去り、会議をひらいて、どう、事実をおさえてイエスをわなにはめるか、相談した。そして、自分らの弟子たちをヘロデ派の人たちといっしょに、イエスのもとにつかわして言わせた。「導師(どうし)、わたしどもは、あなたが真実な方で、真理にもとづいて神の道をときあかしておられ、だれをもはばからない方であると知っております。あなたは人を分けへだてなさいません。ところで、あなたはどう思われますか、おっしゃってください。皇帝に人頭税をおさめることは、律法に適っていますか、いませんか」。イエスはかれらの悪意を知って、言った。「偽善者たち、なぜ、わたしを試すのか。人頭税のコインを見せなさい」。かれらは五千円銀貨を差し出した。イエスはかれらに、「この肖像(しょうぞう)と銘(めい)は、だれのか」と言うと、かれらは、「皇帝のです」と言った。そこで、イエスはかれらに、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言った。これを聞いてかれらは感銘(かんめい)を受け、イエスをそこにのこして、行ってしまった。

【説教】10分01秒

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「祈る人は、希望を失うことがない」詩編を考察、教皇一般謁見

バチカン放送日本語課[2020.10.14.]より

教皇フランシスコは、10月14日(水)の一般謁見で、「詩編の祈り」をテーマに講話を行われた。

 教皇フランシスコは、10月14日、バチカンのパウロ6世ホールで、水曜恒例の一般謁見を行われた。

 謁見中、教皇は「祈り」をめぐるカテケーシスを続けながら、この日は「詩編の祈り」をテーマに話された。

 教皇のカテケーシスは次のとおり。

**********

 親愛なる兄弟姉妹の皆さん

 聖書を読む時、わたしたちはいろいろな種類の祈りに出会います。聖書の中には、祈りだけを取り扱う箇所もあります。いわゆる旧約聖書の詩編です。ここには、なんと150篇もの祈りが収められています。聖書の中で、詩編は、神との対話を通して祈ることを教えてくれる特別な書物です。

 詩編には、喜びや悲しみ、疑いや希望、苦しみなど、人間生活を彩るあらゆる人間感情が表現されています。教会の教えは、それぞれの詩編が、あらゆる時代のあらゆる状況における、人間の心からほとばしる祈りを表すものと教えます。何回も詩編を読むことで、わたしたちはどのように祈るべきかを学びます。どのように神に感謝し、懇願し、喜びや苦しみにおいて祈り、神の不思議な働きやその掟をいかに物語ればよいかを人々に教えるために、神なる御父は、ダビド王や他の預言者たちに、聖霊を通して霊感を授けたのです。 言うならば、詩編は、神と語らうために人間が用いることのできる、神の言葉そのものです。

 この詩編の書には、単なる美辞麗句や、抽象的な思いなどはありません。詩編は、机上で作られたものではないのです。生きた人間の現実の体験から生まれ出た叫びです。詩編を祈るためには、わたしたちはあるがままの自分であれば十分です。 これを忘れないようにしましょう。よく祈るために、わたしたちは小細工をせず、あるがままでよいのです。祈るために、気取る必要はないのです。「主よ、これがあるままのわたしです」。良いことも、自分しか知らない悪いことも含めて、すべてをたずさえ、あるがままの姿で主のみ前に出ることです。詩編の中に、わたしたちは生身の人間の声を聞くことができます。多くの問題を抱え、苦労や疑いを抱き、不確かな感情に覆われた、すべての人々の生の声を聞きます。詩編の中で、多くの苦しみは、疑問に変わっていきます。苦しむことから、様々な「なぜ、なぜなのだ」が生じるのです。

 多くの疑問の中で、詩編の書全体を通し絶えず繰り返される問いがあります。わたしたち自身も、何回も繰り返す問いです。「主よ、いつまで」。苦しみは解放を、涙は慰めを、傷は回復を希求します。「主よ、いつまでこの苦しみを耐え忍ばなければならないのでしょうか。主よ、わたしの祈りに耳を傾けてください」。一体、何回、わたしたちはこのような祈りを捧げたことでしょう。「主よ、いつまで、もう十分です」。

 詩編は、この種の問いを絶えず提示することによって、苦しみに無感覚になることなく、救われるためには、まずいやされる必要があることを思い起させます。

 詩編の祈りは、まさしくこのような人間の心の底からの叫びの証しです。この叫びには、様々な形があります。なぜなら、人の苦しみも一様ではなく、千差万別だからです。病気の時も、憎しみや戦争、迫害や不信の時もあります。そして、最も大きなつまずきは、死です。詩編において、人の死は、人間にとって最大の敵として解されています。すべてを終わらせ、無にしてしまう、これほどにも残酷な罰に、一体どんな罪が値したのだろうか。詩編の中で、人はすべての努力がまったく無であるゆえに、神に何とかしてくださいと願います。これこそが、祈りそのものがすでに救いへの道であり、救いの始まりである所以なのです。

 この世では、神を信じる人も、そうでない人も、誰もが苦しんでいます。しかし、詩編において、苦しみは、一つの関係・関わりとなります。救いを求める叫びは、聞く者の耳に届くことを期待しているのです。 無意味でも、無目的でもあり得ません。わたしたちの苦しみも、一般的な苦しみではなく、いつもわたし個人の苦しみです。わたしが流す涙も、誰のものでもない、わたし自身の涙です。それぞれが、それぞれの苦しみや涙を持ち、それらがわたしたちを祈りへと導くのです。わたし以前に誰も流すことがなかった、わたしだけの涙です。そうです、多くの人が泣きました、でもわたしの涙は、わたし自身の涙です。わたしの苦しみ、悲しみも、皆、わたしの苦しみ、わたしの悲しみです。

わたしはこの謁見会場に入る前に、先日、イタリアのコモ教区で、まさしく人々の支援をしているさなかに殺害された司祭のご両親に会いました。このご両親の流す涙は、彼ら自身の涙です。貧しい人々を助けるために命を捧げたご子息の、その死のために、ご両親がいかに苦しまれたかは、ご両親だけが知っています。誰かを慰めようとするとき、わたしたちは適当な言葉を見出すことができません。なぜでしょう。彼らの苦しみにまで到達することができないからです。なぜなら、その苦しみは、彼らだけのものであり、その涙も彼らの涙だからです。

 人間のすべての苦しみは、神にとって聖なるものです。詩編第56番は、こう祈っています。「あなたはわたしの嘆きを数えられたはずです。あなたの記録にそれが載っているではありませんか。あなたの皮袋にわたしの涙を蓄えてください。」 (詩編56,9)。神の御前で、わたしたちは知られざる者でも、単なる数字でもありません。わたしたちは皆、神から名前で知られ、顔も心も持つ存在です。

 信じる者は、詩編の中に答えを見出します。彼は、人間の門がすべて閉ざされても、神の門は常に開かれていると知っています。たとえ全世界が断罪しても、神の中には救いがあることを知っています。

 「神は聞いてくださいます」。時に、祈りにおいては、これを知るだけで充分です。いつでも問題が解決されるわけではありません。しかし、祈る人は、希望を失うことがありません。もちろん、この世では、多くの問題は出口を見つけられず、未解決のままに残り、また苦しみもなくならないでしょう。困難を一つ乗り越えても、新たに別の困難がやって来ることも知っています。しかし、わたしたちに耳を傾けてくださる方がおいでならば、すべてはもっと耐えやすくなります。

 一番悲しいことは、誰からも顧みられずに苦しむこと、誰からも気にもされずに苦しむことです。このような状況から、祈りはわたしたちを救ってくれます。わたしたちは神のご計画を完全に理解できるわけではありません。しかし、わたしたちの叫びは、この世に留まるわけではありません。それは父の心をお持ちの神の御元まで昇っていきます。苦しみ、死にゆくすべての息子、娘たちのために、神ご自身がお泣きになります。イエスの涙とその苦しみを思い起こすことは有益です。回心しないエルサレムを見て、イエスは泣かれました。最愛の友人ラザロの墓前で、イエスは泣かれました。神はわたしのために泣かれたのです。神はわたしたちの苦しみのために泣かれます。神は泣くことができるように、生身の人間となられたのです。

 苦しみにあるわたしと共に泣かれるイエスを思うことは、大きな慰めとなるのではないでしょうか。それは、わたしたちが前に進むための助けとなるでしょう。キリストと一致しているならば、たとえ人生が苦しみに欠けることがなくても、より大きな善に向けて、視界が開かれていきます。そして、わたしたちは完成へと歩み続けるのです。

 ですから、皆さん、元気を出して、祈りつつ前進しましょう。イエスはいつもわたしたちと共においでです。大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために14 10月 2020, 16:49

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【クララ】年間第28金曜日 オミリア2020.10.16.

第一朗読:エフェソ1・11-14/福音朗読:ルカ12・1-7

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、]数えきれないほどの群衆が集まって来て、足を踏み合うほどになった。イエスは、まず弟子たちに話し始められた。「ファリサイ派の人々のパン種(だね)に注意しなさい。それは偽善(ぎぜん)である。覆(おお)われているもので現されないものはなく、隠(かく)されているもので知られずに済むものはない。だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。友人であるあなたがたに言っておく。体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない。だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」

【オミリア】3分01秒

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【クララ】聖テレジア(イエスの)おとめ教会博士:年間第28木曜日 オミリア2020.10.15.

一五一五年、スペインのアビラに生まれる。カルメル会に入会して優れた完徳の道を歩み、多くの神秘体験を得た。同会の改革に着手し、多くの苦難を味わったが、不屈の精神でそれを克服した。自らの霊的体験にもとづく優れた教えを収めた書物を著した。一五八七年にアルバで死去。(『毎日の読書』より)

第一朗読:エフェソ1・1-10/福音朗読:ルカ11・47-54

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、イエスは言われた。]「あなたたちは不幸だ。自分の先祖が殺した預言者たちの墓を建てているからだ。こうして、あなたたちは先祖の仕業(しわざ)の証人となり、それに賛成している。先祖は殺し、あなたたちは墓を建てているからである。だから、神の知恵もこう言っている。『わたしは預言者や使徒たちを遣(つか)わすが、人々はその中のある者を殺し、ある者を迫害する。』こうして、天地創造の時から流されたすべての預言者の血について、今の時代の者たちが責任を問われることになる。それは、アベルの血から、祭壇と聖所(せいじょ)の間で殺されたゼカルヤの血にまで及ぶ。そうだ。言っておくが、今の時代の者たちはその責任を問われる。あなたたち律法の専門家は不幸だ。知識の鍵を取り上げ、自分が入らないばかりか、入ろうとする人々をも妨(さまた)げてきたからだ。」イエスがそこを出て行かれると、律法学者やファリサイ派の人々は激しい敵意を抱(いだ)き、いろいろの問題でイエスに質問を浴(あ)びせ始め、何か言葉じりをとらえようとねらっていた。

【オミリア】2分37秒

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教皇「神の愛の無償の贈り物を喜びをもって受け取ろう」

バチカン放送日本語課[2020.10.11.]より

教皇フランシスコは、日曜正午の祈りの集いで、マタイ福音書の「婚宴」のたとえを観想された。

 教皇フランシスコは、10月11日(日)正午、バチカンでお告げの祈りを、広場の巡礼者と共に唱えられた。

 教皇はこの集いで、前日10日(土)、イタリア中部アッシジで、若き信徒、カルロ・アクティス(1991-2006)の列福式がとり行われたことを報告された。

 15歳で帰天したカルロ少年の、聖体に対する大きな愛、最も貧しい人々の中にキリストの御顔を認め、平穏な生活に甘んじることなく、時の求めに応じて行動したその生き方を教皇は紹介された。

 そして、福者カルロ・アクティスの証しは、若者たちに、真の幸福は神を第一に据え、特に最も貧しい人々をはじめ、兄弟たちに奉仕することで見出されると教えている、と話された。

 祈りに先立ち、教皇はこの日の福音朗読箇所、マタイ福音書の「婚宴」のたとえ(21,28-32)を取り上げ、説教を行われた。

 教皇の説教は以下のとおり。

**********

 親愛なる兄弟姉妹の皆さん

 今日のミサで福音朗読された「婚宴」のたとえ話をもって、イエスは、神が人類のためにお持ちになるご計画について説明しています (参照:マタイ22,1-14)。

 息子のために婚宴を開く王は、全人類家族のために、独り子との交わりと、素晴らしい愛のお祝いを準備する、天の御父を表しています (同22,2)。

 王は二回にわたり、人々を婚宴に招くためにしもべたちを派遣します。しかし、招待客は、自分の畑仕事や商売など、他の用事や計画のために、婚宴に行くことを拒否します。わたしたちを招いておられる主よりも、物質的なことがらや自分の関心事を優先することが、わたしたちにもしばしばあるのではないでしょうか。

 主は、わたしたちを婚宴に招いておられます。たとえ話の王は、ご自分の王国の宝を皆に配りたいので、宴席が空になることを望みません。そこで、王はしもべたちに言い渡します。「町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい」 (同22,9)。神はこのように振る舞います。拒否されても諦めることなく、再度、皆を招こうとします。誰も除外することなしに、大通りのここかしこにいる、すべての人々を招きます。神の家から排除される人は、誰もいません。

 福音記者マタイが用いる「通り」という言葉は、元来、道の境界、そこで町の通りが終わり、野原へと続く小道が始まるような、町はずれを指しています。たとえ話の王は、このような十字路にいる人々を、婚宴の席に着かせようとしもべたちを派遣します。

 こうして婚宴の席は王の婚宴の席には似つかわしくない、いわゆる「疎外されていた者たち」や「排除されていた者たち」で満たされます。婚宴の席に似つかわしくないように見える人々です。

 婚宴の主人は、しもべたちに善人も悪人も集めさせます。神は悪人さえお呼びになるのです。「わたしは悪人です。多くの悪事を働きました」と言っても、神は「いいから来なさい、来なさい、来なさい」とあなたをお呼びになります。イエスは、当時の社会で公的な罪びとみなされていた徴税人たちも会食されました。わたしたちを愛し招く神は、多くの悪事によって傷つけられたわたしたちの魂の傷を恐れません。

 教会は、多くの人々が希望もなしに、ぼろくずのように生き、暮らしている最悪の環境、地理的にも社会的にも見捨てられたような状況、いわゆるこの世の果てまで人々を探しに行くよう招かれています。ありきたりの福音宣教や慈善事業に安住せず、すべての人々に向けて、わたしたちの心の扉を、共同体の扉を、大きく開くようにと呼ばれているのです。なぜなら、福音は、数少ない選ばれた人たちのものではないからです。疎外された人々、社会から排除され軽蔑された人々も、神からはその愛にふさわしい人々とみなされているのです。神は、義人、罪人、善人、悪人、教養のある人、ない人も、すべての人々のために食卓を準備してくださいます。

 昨晩、わたしは一人の歳老いたイタリア人神父に電話しました。若い頃からブラジルで宣教師をしていた彼は、いつも疎外された人々や貧しい人々のために働いてきました。その生涯を貧しい人々のために捧げ尽くし、今、その老後を平和のうちに過ごしています。これこそ、わたしたちの母なる教会の姿です。遠く、町はずれまで人々を探しに行く神の使者です。

 しかし、主は一つの条件を置きます。婚宴に入るために、礼服を着用するということです。たとえ話に戻りましょう。宴席が一杯になると、招待主である王が、最後に到着した客人たちにも挨拶に来ます。しかし、そこで婚宴用の礼服、すなわち主人が客に贈り物として与えた衣装を身に着けていない者を発見しました。実は、招かれた人すべてが、正装をして宴席に連なったわけではありません。それぞれが着の身着のまま来ていたはずです。そこで、王は、宴席に入る前に、入り口で、皆に婚宴用の衣装、一種のマントのようなものを贈っていたのです。

 婚宴用の衣装を身に着けていなかった客は、王からの無償の贈り物を拒否したのです。王は彼を追い出すよりほかありませんでした。この人は王の招待を受け入れましたが、そのことを何とも思っていなかったのです。彼は自信満々で、自分自身を変えることも、また主が彼を変えることも、少しも望んでいなかったのです。婚宴用の衣装、それは神がわたしたちに無償でくださる、慈しみ、恵みのシンボルです。この神の恵みなしでは、キリスト教生活においては、一歩も前進できません。

 すべては恵みによるものです。主に従うための招きを受け入れるだけでは、十分ではありません。自分の心を変える、回心の歩みに従う必要があります。神が絶え間なくわたしたちにくださる慈しみの衣装とは、神の愛の無償の贈り物のことです。それは、恵みそのものです。それは、大きな喜びと驚きをもっていただくべきものです。「主よ、この恵みをくださったことに感謝いたします」。

 自分たちの狭い視野や態度から抜け出し、福音のたとえ話のしもべたちに倣い、主は救いの恵みをお与えになるために、すべての人をその婚宴にお招きになる、と告げられるよう、聖母マリアがわたしたちをお助けくださいますように。アーメン。大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために11 10月 2020, 18:17

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【クララ】年間第28水曜日 オミリア2020.10.14.

ゲッセマネ

第一朗読:ガラテヤ5・18-25/福音朗読:ルカ11・42-46

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、イエスは言われた。]「あなたたちファリサイ派の人々は不幸だ。薄荷(はっか)や芸香(うんこう)やあらゆる野菜の十分の一は献げるが、正義の実行と神への愛はおろそかにしているからだ。これこそ行うべきことである。もとより、十分の一の献げ物もおろそかにしてはならないが。あなたたちファリサイ派の人々は不幸だ。会堂では上席に着くこと、広場では挨拶(あいさつ)されることを好むからだ。あなたたちは不幸だ。人目につかない墓のようなものである。その上を歩く人は気づかない。」そこで、律法の専門家の一人が、「先生、そんなことをおっしゃれば、わたしたちをも侮辱(ぶじょく)することになります」と言った。イエスは言われた。「あなたたち律法の専門家も不幸だ。人には背負いきれない重荷を負わせながら、自分では指一本もその重荷に触れようとしないからだ。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。 《律法学者とファリサイ派の人たちへの六つの警告(けいこく)》 「あなたたちファリサイ派の人たちは、なげかわしいことだ。あなたがたは、はっかやヘンルーダ、あらゆる野菜の『十分の一奉納』はするが、痛みによる裁きと神を大切にするということはおろそかにしている。これこそ実行すべきことであり、その上で『十分の一奉納』もおろそかにしないことだ。あなたがたファリサイ派の人たちは、なげかわしいことだ。会堂では上席を好み、広場ではあいさつされることを好む。あなたがたは、なげかわしいことだ。あなたがたは、はた目には分からない墓のようだ。人々はその上を歩くが、それに気づかない」。すると、律法家の一人が、「導師よ、そういうことを言うのは、われわれを侮辱(ぶじょく)することだ」と言った。そこで、イエスはこう言った。「あなたがた律法家たちも、なげかわしいことだ。あなたがたは人々にせおいきれない重荷をおわせ、しかも自分たちは、その重荷に指一本ふれようとしない」。

【オミリア】1分13秒

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【小郡】年間第28主日 説教 2020.10.11.

《出来事》 一ノ宮佳邦  *本日の第一朗読参照

第一朗読:イザヤ25・6-10a/第二朗読:フィリピ4・12-14、19-20/福音朗読:マタイ22・1-14、または22・1-10

【第一朗読】 万軍(ばんぐん)の主はこの山で祝宴を開き すべての民に良い肉と古い酒を供(きょう)される。それは脂肪(しぼう)に富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で すべての民の顔を包んでいた布と すべての国を覆(おお)っていた布を滅(ほろ)ぼし 死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥(はじ)を 地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び踊ろう。主の御手(みて)はこの山の上にとどまる。

【答唱詩篇】23 主はわれらの牧者、わたしは乏(とぼ)しいことがない。//神はわたしを緑のまきばに伏(ふ)させ、いこいの水辺(みずべ)に伴(ともな)われる。神はわたしを生き返らせ、いつくしみによって 正しい道にみちびかれる。/あなたははむかう者の前で、わたしのために会食を整え、わたしの頭に油を注ぎ、わたしの杯を満たされる。/神の恵みといつくしみに 生涯伴われ、わたしはとこしえに 神の家に生きる。

【第二朗読】 [皆さん、わたしは、]貧しく暮(く)らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処(たいしょ)する秘訣(ひけつ)を授(さず)かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに]たとえを用いて語られた。「天の国は、ある王が王子のために婚宴(こんえん)を催(もよお)したのに似ている。王は家来(けらい)たちを送り、婚宴に招(まね)いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整(ととの)いました。牛や肥えた家畜を屠(ほふ)って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。そこで、王は怒(いか)り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅(ほろ)ぼし、その町を焼き払った。そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。』そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった。」《「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近(そっきん)の者たちに言った。『この男の手足を縛(しば)って、外の暗闇(くらやみ)にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」》

【説教】19分04秒

ノーベル平和賞にWFP=世界食糧計画

WFPは、ローマに本部を置き、1961年に設立された食糧などの人道支援を目的に創設された国連の機関です。

WFPは去年、88の国と地域の1億人近くに対して、緊急物資の配布や栄養状態の改善のための取り組みを行いました。

ノーベル賞の選考委員会によりますと、紛争が続き食糧事情が困難なイエメンやコンゴ民主共和国、それにナイジェリアなどでは、ことし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響も加わり、飢えに苦しむ人の数が急増しており、WFPは活動を強化しているということです。

国連は、世界で飢えに苦しむ人の人数を、2030年までにゼロにする目標を掲げていますが、現在もおよそ7億人は食べ物の確保が困難で、WFPは各国政府や民間団体が一丸となって取り組まなければ目標は達成できないと訴えています。

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【鳥栖】年間第28主日 説教 2020.10.11.

第一朗読:イザヤ25・6-10a/第二朗読:フィリピ4・12-14、19-20/福音朗読:マタイ22・1-14、または22・1-10

【第一朗読】 万軍(ばんぐん)の主はこの山で祝宴を開き すべての民に良い肉と古い酒を供(きょう)される。それは脂肪(しぼう)に富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で すべての民の顔を包んでいた布と すべての国を覆(おお)っていた布を滅(ほろ)ぼし 死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥(はじ)を 地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び踊ろう。主の御手(みて)はこの山の上にとどまる。

【答唱詩篇】23 主はわれらの牧者、わたしは乏(とぼ)しいことがない。//神はわたしを緑のまきばに伏(ふ)させ、いこいの水辺(みずべ)に伴(ともな)われる。神はわたしを生き返らせ、いつくしみによって 正しい道にみちびかれる。/あなたははむかう者の前で、わたしのために会食を整え、わたしの頭に油を注ぎ、わたしの杯を満たされる。/神の恵みといつくしみに 生涯伴われ、わたしはとこしえに 神の家に生きる。

【第二朗読】 [皆さん、わたしは、]貧しく暮(く)らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処(たいしょ)する秘訣(ひけつ)を授(さず)かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに]たとえを用いて語られた。「天の国は、ある王が王子のために婚宴(こんえん)を催(もよお)したのに似ている。王は家来(けらい)たちを送り、婚宴に招(まね)いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整(ととの)いました。牛や肥えた家畜を屠(ほふ)って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。そこで、王は怒(いか)り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅(ほろ)ぼし、その町を焼き払った。そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。』そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった。」《「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近(そっきん)の者たちに言った。『この男の手足を縛(しば)って、外の暗闇(くらやみ)にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」》

【説教】13分59秒

ノーベル平和賞にWFP=世界食糧計画

WFPは、ローマに本部を置き、1961年に設立された食糧などの人道支援を目的に創設された国連の機関です。

WFPは去年、88の国と地域の1億人近くに対して、緊急物資の配布や栄養状態の改善のための取り組みを行いました。

ノーベル賞の選考委員会によりますと、紛争が続き食糧事情が困難なイエメンやコンゴ民主共和国、それにナイジェリアなどでは、ことし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響も加わり、飢えに苦しむ人の数が急増しており、WFPは活動を強化しているということです。

国連は、世界で飢えに苦しむ人の人数を、2030年までにゼロにする目標を掲げていますが、現在もおよそ7億人は食べ物の確保が困難で、WFPは各国政府や民間団体が一丸となって取り組まなければ目標は達成できないと訴えています。

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【クララ】年間第28火曜日 オミリア2020.10.13.

第一朗読:ガラテヤ5・1-6/福音朗読:ルカ11・37-41

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、イエスは話しておられたが、]ファリサイ派の人から食事の招待を受けたので、その家に入って食事の席に着かれた。ところがその人は、イエスが食事の前にまず身を清められなかったのを見て、不審に思った。主は言われた。「実に、あなたたちファリサイ派の人々は、杯や皿の外側はきれいにするが、自分の内側は強欲(ごうよく)と悪意に満ちている。愚かな者たち、外側を造られた神は、内側もお造りになったではないか。ただ、器(うつわ)の中にある物を人に施(ほどこ)せ。そうすれば、あなたたちにはすべてのものが清くなる。

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。 《「清めにこだわるな—痛みの共感から行動を起こせ》 イエスが話をしていると、一人のファリサイ派の人がイエスに、自分の家で食事をするようにたのんだ。それで、イエスはそこへ行って、食卓についた。ファリサイ派の人は、イエスが食事の前に水に身をひたさないのを見て、いぶかしく思った。それで、主はその人に言った。「いまどき、あなたがたファリサイ派の人たちは、コップや盆のうわべは清めるが、自分たちの内側は搾取(さくしゅ)と抑圧(よくあつ)にみちたままだ。感性のにぶい人たち、外側を造った方は内側も造ったのではないのか。あなたがたは、人の痛みを感じるままに、中身を差しだせばいいのだ。そうすれば、あなたがたにとってすべてが清いものとなる」。

【オミリア】1分32秒

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【小郡】年間第28主日前晩 説教 2020.10.10.

小郡教会の公開ミサ。37人の皆さんと年間第26主日前晩のミサを19時30分から行いました。

第一朗読:イザヤ25・6-10a/第二朗読:フィリピ4・12-14、19-20/福音朗読:マタイ22・1-14、または22・1-10

【第一朗読】 万軍(ばんぐん)の主はこの山で祝宴を開き すべての民に良い肉と古い酒を供(きょう)される。それは脂肪(しぼう)に富む良い肉とえり抜きの酒。主はこの山で すべての民の顔を包んでいた布と すべての国を覆(おお)っていた布を滅(ほろ)ぼし 死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥(はじ)を 地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び踊ろう。主の御手(みて)はこの山の上にとどまる。

【答唱詩篇】23 主はわれらの牧者、わたしは乏(とぼ)しいことがない。//神はわたしを緑のまきばに伏(ふ)させ、いこいの水辺(みずべ)に伴(ともな)われる。神はわたしを生き返らせ、いつくしみによって 正しい道にみちびかれる。/あなたははむかう者の前で、わたしのために会食を整え、わたしの頭に油を注ぎ、わたしの杯を満たされる。/神の恵みといつくしみに 生涯伴われ、わたしはとこしえに 神の家に生きる。

【第二朗読】 [皆さん、わたしは、]貧しく暮(く)らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処(たいしょ)する秘訣(ひけつ)を授(さず)かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

【福音朗読】 音声

【福音】 [そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに]たとえを用いて語られた。「天の国は、ある王が王子のために婚宴(こんえん)を催(もよお)したのに似ている。王は家来(けらい)たちを送り、婚宴に招(まね)いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事の用意が整(ととの)いました。牛や肥えた家畜を屠(ほふ)って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」』しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。そこで、王は怒(いか)り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅(ほろ)ぼし、その町を焼き払った。そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。』そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった。」《「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近(そっきん)の者たちに言った。『この男の手足を縛(しば)って、外の暗闇(くらやみ)にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」》

【説教】16分06秒

ノーベル平和賞にWFP=世界食糧計画

WFPは、ローマに本部を置き、1961年に設立された食糧などの人道支援を目的に創設された国連の機関です。

WFPは去年、88の国と地域の1億人近くに対して、緊急物資の配布や栄養状態の改善のための取り組みを行いました。

ノーベル賞の選考委員会によりますと、紛争が続き食糧事情が困難なイエメンやコンゴ民主共和国、それにナイジェリアなどでは、ことし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響も加わり、飢えに苦しむ人の数が急増しており、WFPは活動を強化しているということです。

国連は、世界で飢えに苦しむ人の人数を、2030年までにゼロにする目標を掲げていますが、現在もおよそ7億人は食べ物の確保が困難で、WFPは各国政府や民間団体が一丸となって取り組まなければ目標は達成できないと訴えています。

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