【クララ】年間第14水曜日【2020.7.8.】

第一朗読:ホセア10・1-3、7-8、12/福音朗読:マタイ10・1-7

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 [そのとき、]イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。イエスはこの十二人を派遣(はけん)するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。」

【オミリア】10分01秒

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【クララ】年間第14火曜日【2020.7.7.】

柿と犬とカラス

第一朗読:ホセア8・4-7、11-13/福音朗読:マタイ9・32-38

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 [そのとき、]悪霊に取りつかれて口の利(き)けない人が、イエスのところに連れられて来た。悪霊が追い出されると、口の利けない人がものを言い始めたので、群衆は驚嘆(きょうたん)し、「こんなことは、今までイスラエルで起こったためしがない」と言った。しかし、ファリサイ派の人々は、「あの男は悪霊の頭(かしら)の力で悪霊を追い出している」と言った。イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国(みくに)の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患(わずら)いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。「収穫(しゅうかく)は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

【オミリア】12分55秒

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教皇「謙遜で柔和な人々は神の御国を証しする」

バチカン放送日本語課[2020.7.5.]より

教皇フランシスコは、7月5日(日)、バチカンで正午の祈りの集いを行われた。

教皇フランシスコは、7月5日(日)正午、「お告げの祈り」をバチカンの聖ペトロ広場に集った巡礼者らと共に唱えられた。

祈りの前の説教で、教皇はこの日の福音朗読箇所、マタイ福音書 (11,25-30)を取り上げられた。

教皇のお告げの祈りの説教は以下の通り。

**********

親愛なる兄弟姉妹の皆さん

この主日の福音(参照:マタイ福音書 11,25-30)は、3つの部分から成っています。最初に、イエスは御父が天の御国の神秘を貧しい人や素朴な人たちにお示しになったことに、祝福と感謝の賛歌を御父に上げています。次に、イエスはご自身と御父の間にある親しい唯一の関係を明かします。そして最後に、イエスは安らぎを得たいならばご自身のもとに来て従うように招いています。

まず何よりも、イエスは御父を賛美します。なぜならば、御父が御国の神秘とその真理を「知恵ある者や賢い者」には隠されたからです(マタイ11,25)。イエスが彼らをこのように呼んだことには、隠れた皮肉がありました。自分を知恵ある者や賢い者と過信する人は、しばしば閉じた心を持っているからです。真の賢明さは思考からだけではなく、心からも生まれます。真の知恵は心の中にも入っていきます。多くのことを知っていても、心が閉じているならば、賢明とは言えません。イエスは、御父はその神秘を「幼子のような者」、すなわち救いの御言葉に信頼をもって心を開く人々、神を必要とし、神にすべてをゆだねる人々に示された、と言っています。心を開き、主に信頼することです。

次いで、イエスは御父から任せられたすべてのことについて説明しています。イエスは御父を「わたしの父」と呼び、御父とご自身との関係の唯一性を強調しています。実際、御子と御父の間のみに、互いを知り、互いの中に生きる、完全な相互性があります。しかし、この唯一の交わりは、無償でその美しさと優しさを啓示するために咲き開く花のようなものです。そこでイエスは「わたしのもとに来なさい」(同11,28)と招きます。イエスは御父から汲み取ったものを与えたいと望まれるのです。イエスはわたしたちに真理を与えたいと望まれます。イエスの真理は常に無償です。それは、聖霊の恵みです。

御父が「幼子のような者たち」を特別心にかけておられるように、イエスもまた「疲れた者、重荷を負う者」に話しかけられます。いや、むしろイエスはご自分からこれらの人々の中に入られました。なぜならイエスが「柔和で謙遜な者」(同11,29)であったからです。それは、真福八端の一番目と三番目の教えに、謙遜もしくは心の貧しい人、柔和な人々(参照:マタイ5,3.5)とあるのと同様です。このように「柔和で謙遜」なイエスは、諦観した者や被害者のモデルではなく、御父の愛、聖霊を完全に映し出しながら、この状況を心から生きる人間の模範です。イエスは、「心の貧しい者」、そして福音における他のすべての幸いな者たちの模範です。彼らは神のみ旨を遂げ、御国を証しする人々です。

ご自分のもとに来る者を「休ませて」くださると、イエスは言います。キリストが疲れた者、重荷を負う者に与える「安らぎ」は、単なる心理的な慰めでも、施しでもありません。それは、福音を知り、新しい人類の構築者となった、貧しい人たちの喜びです。イエスご自身があたえる喜び、それが安らぎです。それは、わたしたち皆への、すべての善意の人々へのメッセージです。富と権力を成す人たちが賛美されるこの世において、イエスが今日も投げかけるメッセージです。わたしたちはよく言います。「あの人のようになりたいものだ、お金もあれば、力もある。何一つ不足がない」と。世は、手段を選ばず、時には人間とその尊厳を蹂躙することもいとわない、富と権力のある人をもてはやすものです。イエスの言葉は、いつくしみの業を生き、貧しい人々に福音をもたらし、柔和で優しくあるようにと召された、教会へのメッセージです。主は、教会、すなわちわたしたちに、このような者であるようにと望んでおられます

被造物の中で、最も慎ましく最も高貴なマリアよ、わたしたちのために心の知恵を神にお祈りください。わたしたちが生活の中で神のしるしを見分け、神が高慢な者たちには隠され、謙遜な者たちに示されたその神秘に与ることができますように。大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために05 7月 2020, 15:23

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【鳥栖】年間第14主日 説教【2020.7.5.】

鳥栖教会の皆さんとの公開ミサ。年間第14主日11時からのミサ。今日から三つのグループに分けてミサが公開されます。今日の参加者は約40人でした。

ミサは「ことばの典礼」と「感謝の典礼」(主の晩さんの記念)から構成されています。主日[しゅじつ:主の日(日曜日)]はイエスの復活を記念します。わたしたちが「主」と呼び、イエスをキリストと呼ぶ方の「言葉」を聴き、「聖体:イエスのからだ」をいただきます。

ミサの第二部の「感謝の典礼」では毎週ほぼ同じ祈りが繰り返されますが、第一部の「ことばの典礼」では、読まれる聖書の言葉は毎週変わります。三つの祈願(集会祈願・奉納祈願・拝領祈願)はもっとも大切なイエスの言葉(福音)とつながっており、その日の典礼(祈り)のテーマに従って作られています。

ミサのはじめに、まずこの三つの祈願文と当日の福音を読むことをおすすめします。

また、他の聖書朗読と答唱詩篇、アレルヤ唱もすべてが当日の「福音」に結び付けられて選ばれています。

ミサに参加される方は、ミサ中に使用される「聖書と典礼」のパンフレットをお持ち帰りになり、一週間かけて、じっくり読まれることをお勧めします。読まれる方へのメッセージが伝わってくることでしょう。

このようにしてイエスとの「距離」が縮まっていき、復活して今、あなたと共に生きておられる主イエスに対する信頼の心(信仰)と絆が強められていくと思います。ぜひお勧めします。

第一朗読:ゼカリヤ9・9-10/第二朗読:ローマ8・9、11-13/福音:マタイ11・25-30

【集会祈願】 天地の主である父よ、御子キリストは、重荷を負う者にいつも安らぎを与えてくださいます。ここに集うわたしたちが、争いや悩みを抱える世界に、キリストの平和をもたらすものとなりますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[主は言われる。]娘シオンよ、大いに踊(おど)れ。娘エルサレムよ、歓呼(かんこ)の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者 高ぶることなく、ろばに乗って来る 雌(め)ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を エルサレムから軍馬(ぐんば)を絶つ。戦いの弓は絶たれ 諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ 大河から地の果てにまで及ぶ。

【答唱詩篇】詩篇145 いのちあるすべてのものに、主は食物を恵まれる あなたは恵みとあわれみに満ち、怒るにおそく、いつくしみ深い。その恵みはすべてのものに及び、いつくしみは 造られたすべてのもののうえにある。/神よ、造られたすべてのものはあなたをたたえ、あなたに従う人は感謝して歌う。彼らはあなたの国の栄光を語り、力あるあなたのわざを告げる。/あなたの国は永遠の国。あなたの支配は世々に及ぶ。神は悩みのうちにある者を支え、倒れる者をすべて立たせてくださる。

【第二朗読】[皆さん、]神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従っていきなければならないという、肉に対する義務ではありません。肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《「神の霊=キリストの霊」に自分を合わせて、霊の人として生きる》あなたたちは、神の霊が自分に宿っているかぎり、感覚の人として生きるのではなく、霊の人として生きるはずです。しかし、キリストの霊をもたない人がいるとしたら、その人はキリストに属する人ではありません。イエスを死んだ者たちの中から立ち上がらせた霊が、あなたたちに宿っているなら、キリストを死んだ者たちの中から立ち上がらせた神が、あなたたちに宿っているキリストの霊によって、あなたたちの死ぬべき体をも生かしてくださいます。 《霊としての自分が、神の子の霊と一致して、神の子どもとなる》ですから、仲間のみなさん、わたしたちは感覚の人だからといって、感覚のままに生きなければならないという義務はないのです。あなたたちが感覚のままに生きるなら、死ぬことになります。しかし、あなたたちが霊的な自分によって体に備わる傾きを死なせるなら、あなたたちは生きます。

【アレルヤ唱】マタイ11・25  アレルヤ、アレルヤ。天と地の主である父はたたえられますように。あなたは神の国のことを小さい人々に現してくださった。アレルヤ、アレルヤ。

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠(かく)して、幼子(おさなご)のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心(みこころ)に適(かな)うことでした。すべてのことは、父からわたしに任(まか)せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和(にゅうわ)で謙遜(けんそん)な者だから、わたしの軛(くびき)を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛(くびき)は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《低みに立つ不器用な者たちこそ、父である神をよく知っている》ある時、イエスはこう言った。「父よ、天地の主よ、あなたをほめたたえます。あなたはこのことを、知恵者や賢者(けんじゃ)にはかくして、不器用(ぶきよう)な者たちに示してくださったからです。そうです、父よ。このようにして、御心(みこころ)に適(かな)うことが、あなたのみ前で実現したのです。じつに、すべてのことは父からわたしに任(まか)せられたのだ。父のほかに子をよく知る者はなく、子と、子が示そうときめた者のほかには、父をよく知る者はいないのだ」。   《低みに立つイエスの側に立ってみよ。安らぎを得る》 労働で疲れ果てた者、重荷を背負う者は、だれでもわたしのところに来なさい。わたしが安らぎを与えよう。わたしのくびきをつけ、わたしを見ならいなさい。わたしは、抑圧(よくあつ)にめげない者、心底(しんそこ)身分の低い者。それで、あなたたち自身安らぎを得るだろう。わたしのくびきはむりがなく、わたしの荷は軽いからである」。 

説教】15分56秒

奉納祈願】いのちあるものに食物(しょくもつ)を恵まれる神よ、この供えものとともに、わたしたちの祈りを受け入れてください。主キリストのからだをいただくわたしたちが、高ぶることのない主の心にもあずかることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領唱】マタイ11・28  重荷を負って苦労している人は皆、わたしのもとに来なさい。わたしはあなたたちを休ませてあげよう。

拝領祈願】 天の父よ、いただいた恵みに感謝して祈ります。わたしたちが、キリストの弟子としてともに軛(くびき)を担(にな)い、自分を低くして人々のために尽くすことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

派遣の祝福】 [司祭]主は、皆さんとともに。[参加者]また、司祭とともに。/[司祭]全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。[参加者]アーメン。/[司祭]感謝の祭儀を終わります。行きましょう。主の平和のうちに。[参加者]神に感謝。

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【小郡】年間第14主日 説教【2020.7.5.】

ハイデルベルク

小郡の皆さんとの公開ミサ。年間第14主日8時30分からのミサ。参加者は47人でした。

ミサは「ことばの典礼」と「感謝の典礼」(主の晩さんの記念)から構成されています。主日[しゅじつ:主の日(日曜日)]はイエスの復活を記念します。わたしたちが「主」と呼び、イエスをキリストと呼ぶ方の「言葉」を聴き、「聖体:イエスのからだ」をいただきます。

ミサの第二部の「感謝の典礼」では毎週ほぼ同じ祈りが繰り返されますが、第一部の「ことばの典礼」では、読まれる聖書の言葉は毎週変わります。三つの祈願(集会祈願・奉納祈願・拝領祈願)はもっとも大切なイエスの言葉(福音)とつながっており、その日の典礼(祈り)のテーマに従って作られています。

ミサのはじめに、まずこの三つの祈願文と当日の福音を読むことをおすすめします。

また、他の聖書朗読と答唱詩篇、アレルヤ唱もすべてが当日の「福音」に結び付けられて選ばれています。

ミサに参加される方は、ミサ中に使用される「聖書と典礼」のパンフレットをお持ち帰りになり、一週間かけて、じっくり読まれることをお勧めします。読まれる方へのメッセージが伝わってくることでしょう。

このようにしてイエスとの「距離」が縮まっていき、復活して今、あなたと共に生きておられる主イエスに対する信頼の心(信仰)と絆が強められていくと思います。ぜひお勧めします。

第一朗読:ゼカリヤ9・9-10/第二朗読:ローマ8・9、11-13/福音:マタイ11・25-30

【集会祈願】 天地の主である父よ、御子キリストは、重荷を負う者にいつも安らぎを与えてくださいます。ここに集うわたしたちが、争いや悩みを抱える世界に、キリストの平和をもたらすものとなりますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[主は言われる。]娘シオンよ、大いに踊(おど)れ。娘エルサレムよ、歓呼(かんこ)の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者 高ぶることなく、ろばに乗って来る 雌(め)ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を エルサレムから軍馬(ぐんば)を絶つ。戦いの弓は絶たれ 諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ 大河から地の果てにまで及ぶ。

【答唱詩篇】詩篇145 いのちあるすべてのものに、主は食物を恵まれる あなたは恵みとあわれみに満ち、怒るにおそく、いつくしみ深い。その恵みはすべてのものに及び、いつくしみは 造られたすべてのもののうえにある。/神よ、造られたすべてのものはあなたをたたえ、あなたに従う人は感謝して歌う。彼らはあなたの国の栄光を語り、力あるあなたのわざを告げる。/あなたの国は永遠の国。あなたの支配は世々に及ぶ。神は悩みのうちにある者を支え、倒れる者をすべて立たせてくださる。

【第二朗読】[皆さん、]神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従っていきなければならないという、肉に対する義務ではありません。肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《「神の霊=キリストの霊」に自分を合わせて、霊の人として生きる》あなたたちは、神の霊が自分に宿っているかぎり、感覚の人として生きるのではなく、霊の人として生きるはずです。しかし、キリストの霊をもたない人がいるとしたら、その人はキリストに属する人ではありません。イエスを死んだ者たちの中から立ち上がらせた霊が、あなたたちに宿っているなら、キリストを死んだ者たちの中から立ち上がらせた神が、あなたたちに宿っているキリストの霊によって、あなたたちの死ぬべき体をも生かしてくださいます。 《霊としての自分が、神の子の霊と一致して、神の子どもとなる》ですから、仲間のみなさん、わたしたちは感覚の人だからといって、感覚のままに生きなければならないという義務はないのです。あなたたちが感覚のままに生きるなら、死ぬことになります。しかし、あなたたちが霊的な自分によって体に備わる傾きを死なせるなら、あなたたちは生きます。

【アレルヤ唱】マタイ11・25  アレルヤ、アレルヤ。天と地の主である父はたたえられますように。あなたは神の国のことを小さい人々に現してくださった。アレルヤ、アレルヤ。

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠(かく)して、幼子(おさなご)のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心(みこころ)に適(かな)うことでした。すべてのことは、父からわたしに任(まか)せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和(にゅうわ)で謙遜(けんそん)な者だから、わたしの軛(くびき)を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛(くびき)は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《低みに立つ不器用な者たちこそ、父である神をよく知っている》ある時、イエスはこう言った。「父よ、天地の主よ、あなたをほめたたえます。あなたはこのことを、知恵者や賢者(けんじゃ)にはかくして、不器用(ぶきよう)な者たちに示してくださったからです。そうです、父よ。このようにして、御心(みこころ)に適(かな)うことが、あなたのみ前で実現したのです。じつに、すべてのことは父からわたしに任(まか)せられたのだ。父のほかに子をよく知る者はなく、子と、子が示そうときめた者のほかには、父をよく知る者はいないのだ」。   《低みに立つイエスの側に立ってみよ。安らぎを得る》 労働で疲れ果てた者、重荷を背負う者は、だれでもわたしのところに来なさい。わたしが安らぎを与えよう。わたしのくびきをつけ、わたしを見ならいなさい。わたしは、抑圧(よくあつ)にめげない者、心底(しんそこ)身分の低い者。それで、あなたたち自身安らぎを得るだろう。わたしのくびきはむりがなく、わたしの荷は軽いからである」。 

説教】13分01秒

奉納祈願】いのちあるものに食物(しょくもつ)を恵まれる神よ、この供えものとともに、わたしたちの祈りを受け入れてください。主キリストのからだをいただくわたしたちが、高ぶることのない主の心にもあずかることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領唱】マタイ11・28  重荷を負って苦労している人は皆、わたしのもとに来なさい。わたしはあなたたちを休ませてあげよう。

拝領祈願】 天の父よ、いただいた恵みに感謝して祈ります。わたしたちが、キリストの弟子としてともに軛(くびき)を担(にな)い、自分を低くして人々のために尽くすことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

派遣の祝福】 [司祭]主は、皆さんとともに。[参加者]また、司祭とともに。/[司祭]全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。[参加者]アーメン。/[司祭]感謝の祭儀を終わります。行きましょう。主の平和のうちに。[参加者]神に感謝。

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【小郡】年間第14主日前晩 説教【2020.7.4.】

イスラエル:ゲッセマネ

小郡の皆さんとの公開ミサ。年間第14主日前晩19時30分からのミサ。隣の修道院のシスター方を含めて34人でミサをしました。

ミサは「ことばの典礼」と「感謝の典礼」(主の晩さんの記念)から構成されています。主日[しゅじつ:主の日(日曜日)]はイエスの復活を記念します。わたしたちが「主」と呼び、イエスをキリストと呼ぶ方の「言葉」を聴き、「聖体:イエスのからだ」をいただきます。

ミサの第二部の「感謝の典礼」では毎週ほぼ同じ祈りが繰り返されますが、第一部の「ことばの典礼」では、読まれる聖書の言葉は毎週変わります。三つの祈願(集会祈願・奉納祈願・拝領祈願)はもっとも大切なイエスの言葉(福音)とつながっており、その日の典礼(祈り)のテーマに従って作られています。

ミサのはじめに、まずこの三つの祈願文と当日の福音を読むことをおすすめします。

また、他の聖書朗読と答唱詩篇、アレルヤ唱もすべてが当日の「福音」に結び付けられて選ばれています。

ミサに参加される方は、ミサ中に使用される「聖書と典礼」のパンフレットをお持ち帰りになり、一週間かけて、じっくり読まれることをお勧めします。読まれる方へのメッセージが伝わってくることでしょう。

このようにしてイエスとの「距離」が縮まっていき、復活して今、あなたと共に生きておられる主イエスに対する信頼の心(信仰)と絆が強められていくと思います。ぜひお勧めします。

第一朗読:ゼカリヤ9・9-10/第二朗読:ローマ8・9、11-13/福音:マタイ11・25-30

【集会祈願】 天地の主である父よ、御子キリストは、重荷を負う者にいつも安らぎを与えてくださいます。ここに集うわたしたちが、争いや悩みを抱える世界に、キリストの平和をもたらすものとなりますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

【第一朗読】[主は言われる。]娘シオンよ、大いに踊(おど)れ。娘エルサレムよ、歓呼(かんこ)の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者 高ぶることなく、ろばに乗って来る 雌(め)ろばの子であるろばに乗って。わたしはエフライムから戦車を エルサレムから軍馬(ぐんば)を絶つ。戦いの弓は絶たれ 諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ 大河から地の果てにまで及ぶ。

【答唱詩篇】詩篇145 いのちあるすべてのものに、主は食物を恵まれる あなたは恵みとあわれみに満ち、怒るにおそく、いつくしみ深い。その恵みはすべてのものに及び、いつくしみは 造られたすべてのもののうえにある。/神よ、造られたすべてのものはあなたをたたえ、あなたに従う人は感謝して歌う。彼らはあなたの国の栄光を語り、力あるあなたのわざを告げる。/あなたの国は永遠の国。あなたの支配は世々に及ぶ。神は悩みのうちにある者を支え、倒れる者をすべて立たせてくださる。

【第二朗読】[皆さん、]神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、それは、肉に従っていきなければならないという、肉に対する義務ではありません。肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《「神の霊=キリストの霊」に自分を合わせて、霊の人として生きる》あなたたちは、神の霊が自分に宿っているかぎり、感覚の人として生きるのではなく、霊の人として生きるはずです。しかし、キリストの霊をもたない人がいるとしたら、その人はキリストに属する人ではありません。イエスを死んだ者たちの中から立ち上がらせた霊が、あなたたちに宿っているなら、キリストを死んだ者たちの中から立ち上がらせた神が、あなたたちに宿っているキリストの霊によって、あなたたちの死ぬべき体をも生かしてくださいます。 《霊としての自分が、神の子の霊と一致して、神の子どもとなる》ですから、仲間のみなさん、わたしたちは感覚の人だからといって、感覚のままに生きなければならないという義務はないのです。あなたたちが感覚のままに生きるなら、死ぬことになります。しかし、あなたたちが霊的な自分によって体に備わる傾きを死なせるなら、あなたたちは生きます。

【アレルヤ唱】マタイ11・25  アレルヤ、アレルヤ。天と地の主である父はたたえられますように。あなたは神の国のことを小さい人々に現してくださった。アレルヤ、アレルヤ。

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠(かく)して、幼子(おさなご)のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心(みこころ)に適(かな)うことでした。すべてのことは、父からわたしに任(まか)せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和(にゅうわ)で謙遜(けんそん)な者だから、わたしの軛(くびき)を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛(くびき)は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《低みに立つ不器用な者たちこそ、父である神をよく知っている》ある時、イエスはこう言った。「父よ、天地の主よ、あなたをほめたたえます。あなたはこのことを、知恵者や賢者(けんじゃ)にはかくして、不器用(ぶきよう)な者たちに示してくださったからです。そうです、父よ。このようにして、御心(みこころ)に適(かな)うことが、あなたのみ前で実現したのです。じつに、すべてのことは父からわたしに任(まか)せられたのだ。父のほかに子をよく知る者はなく、子と、子が示そうときめた者のほかには、父をよく知る者はいないのだ」。   《低みに立つイエスの側に立ってみよ。安らぎを得る》 労働で疲れ果てた者、重荷を背負う者は、だれでもわたしのところに来なさい。わたしが安らぎを与えよう。わたしのくびきをつけ、わたしを見ならいなさい。わたしは、抑圧(よくあつ)にめげない者、心底(しんそこ)身分の低い者。それで、あなたたち自身安らぎを得るだろう。わたしのくびきはむりがなく、わたしの荷は軽いからである」。 

説教】13分39秒

奉納祈願】いのちあるものに食物(しょくもつ)を恵まれる神よ、この供えものとともに、わたしたちの祈りを受け入れてください。主キリストのからだをいただくわたしたちが、高ぶることのない主の心にもあずかることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領唱】マタイ11・28  重荷を負って苦労している人は皆、わたしのもとに来なさい。わたしはあなたたちを休ませてあげよう。

拝領祈願】 天の父よ、いただいた恵みに感謝して祈ります。わたしたちが、キリストの弟子としてともに軛(くびき)を担(にな)い、自分を低くして人々のために尽くすことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

派遣の祝福】 [司祭]主は、皆さんとともに。[参加者]また、司祭とともに。/[司祭]全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように。[参加者]アーメン。/[司祭]感謝の祭儀を終わります。行きましょう。主の平和のうちに。[参加者]神に感謝。

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【小郡】【鳥栖】今週のミサ[2020.7.4.〜7.19.]

6月から主日のミサを公開しています。小郡教会も鳥栖教会もグループに分けて、参加できる主日ミサ(日曜日)を決めています。このルールは厳密にお守りください。また、それぞれの教会で参加するための条件を決めています。新型ウイルス感染予防のためです。ご理解とご協力をお願いします。

鳥栖は6月は3グループに分けましたが、「密」になるようですので、7月から3グループ(A・B地区/C・D地区/E・F地区)に分けます。詳しくはそれぞれの教会の「お知らせ」をご覧ください。

なお、7月から主日のミサ時間が変わります。土曜日の主日前晩のミサは変わらず小郡教会で19時30分からですが、日曜日は小郡教会は8時30分から、鳥栖教会は11時からになります。

小郡・鳥栖それぞれの教会での主日のミサを毎月1度、ライブ中継をし、その後編集したものをユーチューブ(YouTube)で配信しています。次回は鳥栖教会の7月12日11時のミサがライブ中継されます。

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【小郡】聖トマ使徒【祝】【2020.7.3.】

十二使徒の一人トマは、初めキリストの復活を信じなかったが、復活したキリストを目の前にして信じるようになった。こうして彼は、教会の信仰にもなった復活者に対する信仰を、「わたしの主、わたしの神よ」と言って宣言した。トマの生涯については、福音書に書かれていることがらのほかには何も確実なことは知られていないが、インドの人々に福音を伝えたとも言われている。彼の遺体がシリアのエデッサに運ばれたことの記念日が、六世紀から同地で七月三日に祝われている。(『毎日の読書』より)

第一朗読:エフェソ2・19-22/福音朗読:ヨハネ20・24-29

【第一朗読】 [皆さん、]あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。

【福音朗読】 音声

【福音朗読】 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵をかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

【本田哲郎訳】*典礼での朗読には使用することはできません。  《トマスは受難の跡を確かめて、低みに立つイエスが主であると納得する》十二弟子の一人ディディモ(そっくりさん)と言われていたトマスは、イエスが来たときに、みんなといっしょにいなかった。ほかの弟子たちが、「わたしたちは主に会った」と言うと、トマスは、「わたしは、その両の手に釘あとを見、その釘あとにこの指を入れ、わきばらにこの手を入れてみなければ、信頼してあゆみを起こす気にはならない」と言った。八日ののち、また弟子たちは家の中に集まっていた。トマスもいっしょだった。戸という戸には鍵をかけてあったが、イエスが来て、真ん中に立ち、「あなたたちに平和があるように」と言った。それから、イエスはトマスに向かって言った。「あなたの指をここへ当てて、わたしの両手を確かめなさい。あなたの手をのばして、このわきばらに入れなさい。不信で何もしない者ではなく、信頼してあゆみを起こす者になりなさい」。トマスは、「あなたはわたしの主、わたしの神です」と言った。すると、イエスはトマスに言った。「あなたはわたしを見たから、信頼してあゆみを起こすのか。見ないで、信頼をもってあゆみを起こす者こそ、神からの力を得ているのだ」。

【オミリア】12分51秒

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ゲオルグ・ラッツィンガー師死去、ベネディクト16世の兄

バチカン放送日本語課[2020.7.1.]より

名誉教皇ベネディクト16世の兄、ゲオルグ・ラッツィンガー師(96)は、ドイツ・レーゲンスブルクで帰天した。

名誉教皇ベネディクト16世の兄、ゲオルグ・ラッツィンガー師(96)は、7月1日、ドイツ・レーゲンスブルクで帰天した。96歳であった。

ベネディクト16世は、先月18日、兄ゲオルグ師の病状悪化に伴い、見舞いのため、緊急にレーゲンスブルクを訪問、同月22日まで現地に滞在された。

レーゲンスブルク教区の発表によれば、名誉教皇は同地滞在中、ゲオルグ師を数回にわたり見舞い、共にミサを捧げることができた。

3歳年上の兄ゲオルグ師と幼少から固い絆で結ばれたベネディクト16世は、1951年6月29日、フライジング大聖堂で兄弟共に司祭に叙階されている。

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ゲオルグ・ラッツィンガー師は、1924年1月15日、バイエルン州のプライスキルヒェンに生まれた。11歳の時から、小教区の教会でオルガンを弾き始めた。1935年、トラウンシュタインの小神学校に入ったが、1942年、国家労働奉仕団に徴員、その後、ドイツ国防軍に徴兵された。1945年、連合軍の捕虜となり、ナポリに数か月収容された後、解放された。1947年、弟ヨゼフと共に、ミュンヘンのヘルツォークリッヒェス・ゲオルジャーヌム神学院に入り、1951年6月29日、兄弟揃って、他の40人ほどの仲間と共にフライジング大聖堂で、ミヒャエル・フォン・ファウルハーバー枢機卿により、司祭に叙階された。

トラウンシュタインの聖歌隊の指揮者となった後、1964年から1994年まで30年間にわたりレーゲンスブルク大聖堂の聖歌隊の指揮者を務めた。関連記事を読む22/06/2020

世界各地をコンサートのために訪問。バッハ、モーツァルト、メンデルスゾーンなど多くの作曲家の作品の録音を監修した。

2008年8月22日、ゲオルグ師がカステル・ガンドルフォ市から名誉市民号を贈られた際、ベネディクト16世は市長への感謝の挨拶で次のように述べた。

「わたしが小さな時から、兄はわたしにとって同志であるだけでなく、信頼のおける導き手でもありました。わたしに、方向性と拠り所をはっきりと、決然とした選択をもって示してくれました。困難な状況の時も、わたしに取るべき道をいつも示してくれました。」

 一方、ゲオルグ師は、11年前のインタビューで次のように語った。

「弟とわたしは二人揃って、ミサに侍者として奉仕していました。早くから、まずわたしが、次に弟が、自分たちの人生は教会に奉仕することにあると、はっきり意識しました。」

また、ゲオルグ師は少年時代の思い出を次のようにも話している。

「ティットモニングで、ヨゼフは、ミュンヘンの偉大な大司教、ミヒャエル・フォン・ファウルハーバー枢機卿から堅信の秘跡を授かりました。その体験に深い感銘を受けた彼は、自分も枢機卿になりたい、と言いました。しかし、それから何日もたたないうちに、彼は家の壁を塗っていた職人さんをじっと観察しながら、大きくなったら壁塗り職人になりたいと言いました。」

 ゲオルグ師は戦争中の暗い時代と、ナチズムに反対していた彼らの父親を思い起した後、家族が共有していた音楽への愛について語った。

「わたしたちの家では、皆が音楽を愛していました。父はよく夜にチェトラを弾いていました。わたしたちは声を合わせ歌っていました。それはわたしたちにとっていつも特別なひと時でした。マルクトル・アム・インには楽隊がいて、わたしはそれにすっかり魅了されました。わたしはいつも、音楽は神がお創りになった中でも最も美しいものの一つと考えていました。弟もいつも音楽を愛していましたが、たぶんわたしの影響なのでしょう。」

  ゲオルグ・ラッツィンガー師は、率直な人となりで知られ、例えば、2005年4月、弟が教皇に選出された時も、その結果に抱く思いを包み隠さず語っている。

「正直言って、このような結果になるとは思っていませんでした。自分としては少し気落ちしました。教皇としての重大な責務を思えば、わたしたちの交流もかなり縮小されるでしょう。しかし、いずれにしても、枢機卿の方々の人間的な判断の背後には、神の御旨があります。これをわたしたちは受け入れなくてはなりません。」

また、2011年、ドイツのある雑誌のインタビューで、ゲオルグ師はこのように述べている。

「体力的にこれ以上は無理であるところまで来たら、弟は引退する勇気を持っているはずです。」

そして、ベネディクト16世の高齢を理由とする歴史的な引退宣言がなされる数か月前、ゲオルグ師は、その決意を聞いた人々の一人となった。

2013年2月のベネディクト16世の引退宣言の後、ゲオルグ師はこう述べた。

「彼は高齢を感じています。弟は晩年にせめてもの平安を望んでいます。」

ゲオルグ師は目と脚の不自由をおして、レーゲンスブルクとローマを往復し、ベネディクト16世が引退後に生活するマーテル・エクレジエ修道院をしばしば訪ねていた。
大きなミッションのためにあなたの支援を:すべての家に教皇の声を伝えるために01 7月 2020, 14:11

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